被害分析の動向

2012年

1月

23日

千葉県千葉市 「液状化対策「工法選択 地域ごとに」 千葉市委初会合」

液状化対策「工法選択 地域ごとに」 千葉市委初会合

東京新聞120124】千葉市液状化対策推進委員会(委員長・榛沢芳雄日大名誉教授)の初会合が二十三日、同市内で開かれた。委員は液状化対策に関し、地域ごとに工法を選択することや住民合意の必要性を訴えた。東日本大震災で液状化現象が発生した同市美浜区の地盤の現状などを検証し、市に提言などを行う。

 

 初会合では、学識経験者から、過去の地形や埋め立て工法の違いにより、同区内でも地域によって地盤構造に大きな差があることが報告された。市側が住宅の被害や道路の破損状況、下水道などの復旧状況を説明した。

 

 会合後、榛沢委員長は「まとまりで対策を実施するため、住民の合意形成が課題」と述べた。中井正一副委員長(千葉大大学院教授)は「地域ごとに適した工法を選ぶ必要がある」と指摘した。

 

 市は既に、関係部局で液状化対策推進プロジェクトチームを設置している。今後、委員会からの検討結果を基に、道路などの公共施設と隣接する宅地の一体的な再発防止策を進める。

2012年

1月

22日

宮城県石巻市 「石巻・大川小で保護者説明会「危機意識不足」と謝罪」

石巻・大川小で保護者説明会 「危機意識不足」と謝罪

大川小の保護者らに対して行われた3回目の説明会
大川小の保護者らに対して行われた3回目の説明会

河北新報120123】東日本大震災の津波で全校児童の7割に当たる74人が死亡、行方不明になった宮城県石巻市大川小の被災状況について、市教委は22日、3回目の保護者説明会を開き、追加調査の結果を報告した。市教委は多くの犠牲者が出た要因について、学校の災害マニュアルの不備や教職員の津波への危機意識の低さ、津波が来ないという思い込みの3点に整理。対応に問題があったことを認め、謝罪した。

 説明会は大川小が間借りする同市飯野川一小で行われ、父母ら約70人が出席した。

 市教委は高台避難ができなかった点について「マニュアルで津波時の避難場所を定めていなかったことにより、迅速に判断できなかった」とあらためて説明。市教委がマニュアルを点検指導しなかった責任を認めた。

 防災無線などの津波情報が適切な避難行動に結びつかなかったことについては「教職員の津波に対する危機意識が低かった」と分析。校庭に津波到達の直前までとどまった点は「指定避難所だから安心、という思い込みが避難の妨げになった」などと説明した。

 市教委の境直彦教育長は冒頭、「津波に対する危機意識を高めておくべきだったと悔やまれる。本当に申し訳ありませんでした」と陳謝。柏葉照幸校長も「心からおわび申し上げる」と謝罪した。

 市教委は昨年6月、当時現場にいた教職員の中で唯一助かった男性教師や児童らに行った調査結果を基に、遺族らに事実関係を報告。遺族らからさらに検証を求める声が上がり、市教委が保護者ら関係者を対象に追加の聞き取り調査を行い、報告をまとめた。

2012年

1月

22日

断層滑り100秒続き巨大地震 東日本大震災

岩手日報120122】国内観測史上最大規模のマグニチュード(M)9・0を観測した東日本大震災。日本海溝寄りの領域で、プレート境界の断層滑りが約100秒間も続いたことで巨大地震が引き起こされたことが、筑波大と京都大防災研究所の共同研究で明らかになった。筑波大の八木勇治准教授(地震学)=釜石市出身=は「同じ領域が長く滑り続けたことで断層滑りが拡大した」と分析。このエリアの謎を解くことが、巨大地震の発生メカニズム解明の手がかりとなると指摘する。

 太平洋プレートは、日本海溝付近で東日本が乗る北アメリカプレートの下に年8センチずつ沈み込む。この際に北アメリカプレートの先が引きずり込まれ、ひずみが蓄積。このひずみが解放されてプレート境界面が断層面となって急激に滑り、地震となる。

 共同研究は、米国や欧州、中国など世界中の地震計データから、断層滑りのメカニズムを解析。断層滑りは、震源の宮城県沖から始まり20~30秒ほどで、想定宮城県沖のエリアに到達。過去に地震が発生した場所では、破壊が加速した。ここで止

【写真=10秒ごとに、断層のずれを示した図。赤い領域がより大きく滑ったことを示す。☆は震源(筑波大・京都大防災研究所の共同研究より)】
【写真=10秒ごとに、断層のずれを示した図。赤い領域がより大きく滑ったことを示す。☆は震源(筑波大・京都大防災研究所の共同研究より)】

まっていれば過去の宮城県沖と三陸沖南部海溝寄り地震の連動型でM8クラスの地震で終わっていた。

 しかし、30~40秒で様相が変わる。三陸沖南部海溝寄りから、さらに日本海溝寄りに断層滑りが拡大。10秒間で8、9メートルの巨大滑りが発生し同じエリアが100秒も滑り続けた。その後、岩手県沖や茨城県沖まで広がり、本震は約3分間だった。

 その結果、国土地理院が算出した断層滑りはこのエリアが最大で59・2メートルにも達した。

 海溝寄りで滑り続けた原因について八木准教授は複数の説を挙げながら摩擦熱の影響を指摘。「車のタイヤが氷の上を滑る仕組みと同じようにプレート境界面で、岩の間にある水が膨張し、滑りやすくなったのではないか」と推測する。

 今回の巨大地震の発生要因を解明するには、大きく長く滑り続けた日本海溝寄りの謎を解くことが鍵になる。

 八木准教授は「地震がM9クラスへ成長するための条件や前段階を解明することで対策が打てる。日本海溝寄りがなぜ滑り続けたのかを理解できれば、地震を予測することも可能になる」と述べる。

2012年

1月

16日

千葉県 「震災被害147億円 再液状化対策・水田に塩ビ管 千葉県内農地・農業施設」

震災被害147億円 再液状化対策・水田に塩ビ管 千葉県内農地・農業施設」

千葉日報1210117】農業に関する千葉県の基本的施策について審議する県農政審議会(会長・菊池真夫千葉大名誉教授)が16日、千葉市中央区の県文書館で開かれ、県は、東日本大震災による県内の農地や農業用施設の被害が2337カ所で147億3800万円に上ったことを明らかにした。また震災による液状化で、水田に埋まる石綿製の用水管の破損が甚大だったことから、揺れに強い塩化ビニール製に変更し、再液状化に備える方針を示した。今秋の着工を目指す。

 審議会で県は、震災による県内の農地被害が113カ所10億8千万円、農業用施設被害が2224カ所136億7500万円だったと報告。農業集落排水施設の被害は15カ所で11億5200万円に上った。

 水稲の作付けでは香取市など16市町で3446ヘクタールが影響を受け、うち380ヘクタールが作付けできなかった。津波では630ヘクタールが塩害を受け、13ヘクタールが作付けできなかった。液状化では、約740ヘクタールの水田が被害を受け、49ヘクタールが作付け困難な状態となった。

2012年

1月

11日

盲点だった 津波火災

読売新聞120111】東日本大震災は「災後」という言葉を生んだ。未曽有の被害が、時代の区切りと言えるほど、社会のあり方に変化を迫ったからだ。なかでも急務は、次の災害に向け、一人でも多くの命を守るための備えだ。災害に強い暮らしや地域を築かねばならない。震災がもたらした課題と新たな取り組みをシリーズで伝える。

 

住民が避難する校舎が火災に襲われた(2011年4月10日、宮城県石巻市の門脇小で)=広井悠・東京大助教提供
住民が避難する校舎が火災に襲われた(2011年4月10日、宮城県石巻市の門脇小で)=広井悠・東京大助教提供

宮城県石巻市立門脇(かどのわき)小学校の校舎は、今も黒こげの無残な姿をさらしていた。

 2011年3月11日。激震から50分後の午後3時半過ぎ、校舎は津波とともに炎にも襲われた。住民の避難場所まで炎上する不測の事態が起きていたのだ。

 「バン、バン」。校舎2階にいた佐藤裕一郎教頭(58)の耳に爆発音が響いた。校庭を見下ろすと、津波で押し寄せた100台もの車が、次々と燃え始めていた。その後ろからは出火した家屋まで迫っている。窓越しでも炎が熱い。

 児童は地震直後に校外の高台に誘導したものの、校舎にはお年寄りを中心に数十人が避難していた。

 「逃げろ」。授業で教師が立つ長い教壇を2階から裏山へ架け渡し、30人以上を脱出させた。

 校舎隣の体育館にも、消防団分団長の浜谷勝美さん(69)ら10人ほどがいた。

 車の炎上に気づいた浜谷さんは、腰まで水につかりながら、車内に閉じこめられた2、3人を引っ張り出した。車窓から顔を出して「助けて」と叫ぶ姿がほかにもあったが、炎は5メートル先に迫ってきた。

 「すまない」と心でわびながら、浜谷さんは住民らを連れて裏山へ向かった。

 炎はすぐに校舎に飛び火し、最上階の3階まで燃やし尽くした。小学校に避難していた住民たちの命は、間一髪で救われた。

 「避難所まで焼けるなんて考えもしなかった。裏山がなかったら、逃げる場所すらなかった」と浜谷さんは振り返る。

 宮城県警によると、小学校周辺では、55人が焼死体で見つかった。延焼面積は5・6ヘクタールに及ぶ。

 宮城県気仙沼市の津波避難ビルや岩手県大槌町の小学校も炎上した。500人以上が避難していた仙台市立中野小は、火が200メートルまで迫り、ヘリコプターで異例の夜間空中消火を決行して延焼を食い止めた。

 「津波火災」という新たな脅威の発生メカニズムについて、現地調査を重ねた広井悠・東京大助教は、こう推定する。

 建物や車が、津波に耐え残った建物の周りに堆積する。「空き地や道路など延焼を防ぐ空間は埋め尽くされ、『薪の山』と化したところで、車の電気系統やガスボンベなどから発火して炎上する」という。

 約7000棟が焼失し、500人以上が焼死した阪神大震災の教訓から、消火用水や消防車両の増強など地震火災への対策は強化された。だが、石巻地区消防本部の大江勝正・警防課長は「浸水で消防車も隊員も火災現場に近づけなかった」と悔しがる。

 津波を警戒する沿岸自治体は「避難ビル」の指定を急ぐ。内閣府の調査では、昨年10月末で3986棟と4か月で倍増したが、津波火災への備えはない。

 「防火基準を厳しくすると、民間ビルの協力が得にくい」(和歌山県)、「避難後の安全確保まで考えた対策は難しい」(高知県)。東海・東南海・南海の「3連動地震」の襲来が予想される地域は戸惑う。

 「ビルに頼りすぎず、早めに高台へ逃げるなど、状況に応じた行動で命を守らなければならない。行政側は、2次避難できる場所の整備や十分な高さと延焼防止性を持つ建物の指定を進めるべきだ」と、関沢愛・東京理科大教授は訴える。

 国の中央防災会議は3連動地震が起きれば、最大約8万棟の建物火災が起きると想定する。が、津波火災は「想定外」のままだ。

一面に炎が広がった気仙沼湾(2011年3月11日午後5時56分、宮城県気仙沼市潮見町で)
一面に炎が広がった気仙沼湾(2011年3月11日午後5時56分、宮城県気仙沼市潮見町で)

重化学工場やタンクが立ち並ぶ大阪府沿岸の「泉北コンビナート」。一角にある三井化学大阪工場(高石市)で昨年10月、例年の10倍という1750人が参加して避難訓練が行われた。

 「津波で4メートル近く浸水」との想定で、全施設を止める手順を確認し、津波が到達する予想時間より早い45分間で避難も終えた。

 以前の浸水想定は25センチでしかなかった。「東日本大震災に認識を根本から変えさせられた。津波は明日来るかもしれない。悠長に構えていられない」と、古賀司・地震津波プロジェクトリーダーは言う。

 コンビナートや危険物施設は大津波に耐えられるのか。東日本大震災では、各地の臨海部で起きた大炎上が衝撃を与えた。

 宮城県気仙沼市で旅館を営む熊谷浩典さん(42)は、湾内の船上で約4時間も体をあぶられた炎の恐ろしさが忘れられない。

 津波を避けようと遊漁船で沖に向かった目前で鉄塔が倒壊、沖への出口をふさがれた。「炎が自転車ほどの速さで走り、家1軒分もあるがれきが無数に燃えて流れた」。海面はドロッとした油で覆われ、火の海は広がるばかりだった。

 「サーカスの火の輪くぐり」のように、火と火の間を船で突き抜けた。最後は「溺れても焼け死ぬよりまし」と岸に近付いた時に飛び込んで助かったという。

 なぜ、水の上なのに炎上するのだろうか。

 東京理科大の松山賢・准教授は検証実験をした。

 油をバーナーで熱しても炎上しなかったが、木材を浮かべると一変。まず木が燃え、その7~8分後、火は一気に水面に広がった。

 「油がしみて燃え出した木材が『ろうそくの芯』になり、放射熱で周囲の油が70~100度の引火点を超えた」とみられる。

 気仙沼湾では漁船燃料の重油などを蓄えたタンク23基中22基が流され、1万トン余りの油が漏れた。

 6基を所有する気仙沼商会は「金具でコンクリートの基礎に固定していた。津波で浮いてしまうとは思わなかった」という。

 消防庁によると、液体の危険物を扱う施設の被害は15都道県の3341件で、42件の火災が発生した。

 被災タンク244基の分析では、浸水が3メートルを超すと配管が破損し、5メートル超で多くのタンクが土台から浮いて移動していた。

 実は、危険物タンクの設計基準に、津波は考慮されていないのだ。

 田中哮義(たけよし)・京都大防災研究所教授は「タンク流出を防ぐ柵や、浸水時に水面に浮いて油の拡散を防ぐ幕など、二重三重の防御策が欠かせない」と指摘した。

 消防庁の「危険物施設の地震津波対策に関する検討会」が、昨年末にまとめた検証報告は、多額の費用を要するタンク流出対策には踏み込まなかった。

 「避難や防潮堤の整備など総合的な防災対策をまず検討すべきだ」(消防庁危険物保安室)とする。

 地方自治体の対応も進まない。四つのコンビナートに危険物を扱う57事業者が集中する大阪府。「最大3メートルの津波で1152ヘクタールが浸水」という震災前の想定は大幅な見直しが必至だが、具体的な検討は、国の議論待ちという状態だ。

 国が2008年度に大阪湾堺泉北港の沖合で整備を始めた基幹的広域防災拠点(28ヘクタール)の使用が今春、始まる。災害時に船やヘリで運ばれた救援物資の中継地などの役割を担うが、大阪湾が炎上すれば無力化されてしまう。

 浜田政則・早稲田大教授は行政、企業、専門家に呼びかけ、湾岸防災の調査会を来月にも発足させる。

 「震災の検証が不十分」という危機感に突き動かされての行動である。

2012年

1月

05日

茨城県 「北茨城・高萩に調査団派遣 筑波大、復興策助言へ」

北茨城・高萩に調査団派遣 筑波大、復興策助言へ

【写真説明】津波被害を受け解体した住宅跡地を視察する筑波大の調査団=北茨城市平潟町
【写真説明】津波被害を受け解体した住宅跡地を視察する筑波大の調査団=北茨城市平潟町

茨城新聞120106】筑波大は5日、東日本大震災の復興に向けた連携協定を結ぶ北茨城市と高萩市に調査団を派遣し、津波や建物被害などの現地調査を行った。同協定を結ぶ神栖市や潮来市でも実施する予定で、調査結果を踏まえ、各市の復興・防災計画などに対する助言をまとめる。

調査団は都市計画などを専門分野とする同大教員や学生など19人。昨年12月に同協定を締結した北茨城市では、豊田稔市長が「希望ある街づくりのため、一緒に考えてほしい」と協力を呼び掛けた。

同市で現地調査したのは津波被害を受けた磯原町、大津町、平潟町の3カ所。平潟港では津波で損壊した排水処理場や解体した家屋の跡地などを視察した。高萩市では被災した本庁舎や津波の遡上(そじょう)が確認された河川などを訪れた。

調査団は6日にも、神栖市、潮来市で調査を行うほか、液状化や津波被害があった鹿嶋市も訪れる予定。

参加した北茨城市震災復興計画策定委員会の総合アドバイザー・大澤義明教授は「(各自治体と)双方向で話し合い、中長期的な街づくりを支援していきたい」と話した。

2011年

11月

11日

東京支部 11月11日(金) よろず研究会 首都圏防災勉強会

□第四回  「東京の地盤と地震動予測」

 講義 中山俊雄 さん

プロフィール

元東京都土木技術研究所地質研究室主任研究員

独)防災科学技術研究所 客員研究員

東京大学地震研究所付属地震予知センター特任研究院員

専門分野

応用地質(特に東京の地盤についての調査・研究)

地域防災計画

講義内容

東京の地盤(20分)

東京都の地震被害想定、地域危険度の概説(20分)

地域別(区別)地震動の推定(20分)

 

日時   11月11日(金)  19002100

場所   としまち研会議室

神田東松下町33番地 COMS HOUSE 2
電話 03-5207-6277  FAX 03-5294-7326   

参加費  1000

お知らせ
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2011年

10月

22日

本震が宮城県沖地震誘発 東北大観測センター 仙台

河北新報111023】東北大地震・噴火予知研究観測センターの研究者らによる東日本大震災の研究報告会が22日、仙台市青葉区の仙台国際センターで開かれた。観測センターの日野亮太准教授は、震災の本震がマグニチュード(M)5程度で始まり、想定された宮城県沖地震を引き起こした上、超巨大地震に拡大した可能性を指摘した。
 断層が滑った規模から、宮城県沖地震の震源域では過去600~800年分のプレート(岩板)境界のひずみが解消されたとの見方を示した。
 今後の宮城県沖地震については、今回の震源域周辺がゆっくり滑る「余効滑り」が続いているため、早期に余震として発生する恐れがあると指摘。「余効滑りが終わっても、従来のように30~40年の周期で起きるかは別問題だ」と述べた。
 産業技術総合研究所活断層・地震研究センター(茨城県つくば市)の岡村行信センター長は、津波堆積物の調査結果から、今回の震災と同規模の大津波が仙台平野に襲来する間隔を約450~約850年と分析した。
 慶長三陸津波(1611年)と北海道東部を1600年代初期に襲った津波の原因が同じ地震であるとする説に触れ、「もし道東の地震が原因なら既に400年たっており、長い間安心とは言えない」と話した。
 東北大地震・噴火予知研究観測センターの海野徳仁センター長は「震災を予測できなかったことを深く反省し、地震学の未熟さを痛感している。不幸なことが2度と起きないようにしなければならない」と今後の研究への決意を強調した。

2011年

10月

14日

岩手県 「宮古以北の津波なぜ高かった?三陸沖小断層二つ破壊か」

河北新報111015】東日本大震災で岩手県宮古市以北の岩手県沿岸中部から北部の津波が高かったのは、震災の本震後、三陸沖で二つの小断層が破壊されたためとする研究結果を東大地震研究所の研究グループがまとめた。研究グループは「震源域から遠い岩手で、なぜ波高が高いのか謎だった。近くの発生源から津波が来たため高くなったとみられる」としている。
 静岡市で開かれている日本地震学会で14日、発表した。津波は一般的に震源域に近い所ほど高い波が観測され、リアス式海岸では地形などの影響で巨大化しやすいとされる。研究グループの原田智也東大地震研特任研究員は「岩手の津波高は地形の影響だけでは説明がつかず、これまでの研究モデルで計算しても一致しなかった」と言う。
 原田特任研究員は本震の発生から3分後、震源域の北部、三陸沖の日本海溝付近で小断層が2分間にわたり破壊されたと想定。その5分後、さらに北部の小断層でも破壊があったとして津波高を計算した。結果は海底津波計で計測された波形とも、現地調査での津波高ともほぼ一致したという。
 さらに明治三陸大津波(1896年)の直後、岩手県沿岸の津波高を調査した文書とも照合したところ、今回調査した津波高と類似していた。原田特任研究員は「明治三陸地震の震源とほぼ同じ断層が今回、2回にわたり破壊された可能性が高い」としている。
 研究グループは震災後約5カ月間、青森県から千葉県の太平洋沿岸約300カ所を調査。岩手県沿岸中部から北部は津波高20メートル以上の場所が多く、陸地をさかのぼった遡上(そじょう)高が30メートルを超えたのは全て宮古市以北の約10カ所だったことも確認した。

2011年

10月

13日

M9規模地震 438年周期か 日本地震学会で発表

河北新報111014】東日本大震災の震源域では約37年周期の想定宮城県沖地震のほかに、四百数十年の長い周期(スーパーサイクル)でM9クラスの超巨大地震が発生しているとする分析結果を、東大地震研究所の纐纈(こうけつ)一起教授(応用地震学)のグループが13日、静岡市で開かれている日本地震学会で発表した。纐纈教授は「今回の震災は1000年に一度といわれているが、もっと短い周期で起きていると考え、今後に備えるべきだ」としている。

 東日本大震災は日本海溝沿いの太平洋プレート(岩板)が、東北地方の下へ沈み込んでいる領域で発生した。グループは強震記録と衛星利用測位システム(GPS)のデータを解析し、宮城県沖の陸側と海溝側を合わせた領域で、断層が滑った地点の分布を再現。プレートが引き込まれて蓄積されるひずみの分布と、よく似ていることを突き止めた。
 このため今回の震災などで解放されたひずみの量を、プレートの沈下に伴い1年間で蓄えられるひずみの量で割り、超巨大地震が発生する周期を438年と算出した。
 東北各地の古文書には、1611年の慶長三陸地震の津波被害が記録されている。869年の貞観地震をスーパーサイクルの超巨大地震とすると、慶長三陸は、貞観と今回の震災との間に日本海溝周辺で発生した超巨大地震と推測。これまでM8.4クラスとされている貞観、慶長三陸地震は今回の震災並みに大きかった可能性も指摘する。
 纐纈教授は「東北地方では長い周期の超巨大地震と想定宮城県沖地震が、それぞれの地震を起こすプレート境界の性質の違いにより並行して起きてきた。GPSの観測データを監視すれば、超巨大地震の発生する場所と広がりも予見できるはずだ」としている。

2011年

10月

05日

千葉県 「4水門閉鎖、間に合わず 千葉市で津波浸水被害 千葉県議会」

4水門閉鎖、間に合わず 千葉市で津波浸水被害 千葉県議会

千葉日報111006】9月千葉県議会は5日も一般質問が行われ、自民党の佐野彰(千葉市中央区)、林幹人(成田市)、山本義一(八街市)、本清秀雄(松戸市)、民主党の磯部裕和(野田市)の5議員が登壇した。東日本大震災の当日、千葉市中央区にある四つの水門の閉鎖作業が津波の到達時刻に間に合わず、床下浸水などの被害が出ていたことが分かった。県は、県全域の水門で遠隔操作設備の導入を検討する方針を示した。佐野議員の質問に答えた。

 小池幸男県土整備部長は、大震災当日の千葉市中央区内の水門の閉鎖作業について「情報伝達の遅れや水門閉鎖に向かった操作担当者が交通渋滞に巻き込まれたため、寒川水門など4水門の閉鎖が間に合わなかった」と報告した。

 県港湾課によると、閉鎖が遅れたのは寒川、中央4号、蘇我、浜野の4水門。水門は遠隔操作ができない上、人が常駐していないため、高潮時には、人が直接出向いて操作。操作は、県が千葉市に委託し、さらに千葉市が民間企業に委託。震災当日は、電話回線の混乱で関係者間の連絡が遅れた。

 震災当日の津波により千葉中央港で最大潮位を観測したのは午後6時20分の2メートル84センチ。4水門が閉鎖されたのは、午後6時40分~同7時半で、津波到達時刻に間に合わなかった。千葉市によると水門閉鎖の遅れが原因で、浜野や寒川町で排水路を水が逆流し、道路の一部が冠水したほか、住宅2棟が床下浸水し、1店舗で浸水被害が発生した。

2011年

10月

04日

千葉県 「海岸保安林の整備強化へ 県、津波減災に効果 千葉県議会一般質問」

海岸保安林の整備強化へ 県、津波減災に効果 千葉県議会一般質問

千葉日報111005】9月千葉県議会は4日も一般質問が行われ、自民党の滝田敏幸(印西市)、伊藤昌弘(佐倉市)、小高伸太(勝浦市・夷隅郡)、大松重和(旭市)、民主党の堀江はつ(船橋市)の5議員が登壇した。千葉県は九十九里海岸の津波対策について、海岸保安林に大きな減災効果があったとして、砂丘の新設やかさ上げなど海岸保安林の機能強化に取り組む方針を示した。大松議員の質問に答えた。

 海岸保安林は森林と砂丘で構成され、海岸からの砂や塩分を含んだ風から後背地の住居や農地などを守る機能のほか、高潮や津波の影響を弱める機能を持つ。

 東日本大震災で九十九里海岸に津波が押し寄せた際の保安林の減災効果について、永妻能成農林水産部長は「これまでの検証で、砂丘が津波の進入を防ぎ、森林が津波の勢いを低下させた事例が認められるなど、保安林が果たした役割は大きかった」との認識を示した。

2011年

8月

29日

東日本大震災:定説覆したM9地震 高密度観測網すり抜け

毎日新聞110829計2万人を超す戦後最大の死者・行方不明者を出した東日本大震災で、これまでの災害想定や地震学の常識は大きく覆された。幾多の地震や津波にさらされ、備えを固め、世界に例をみない高密度の地震観測網が整備されたこの国で、なぜ「想定外」は起きたのか。超巨大地震とそれに伴う津波が生じた仕組み、招いた被害から何を学べるか。全国の海域では従来の地震想定の見直しが始まった。次の大災害はいつ起きてもおかしくない。古代からの歴史も振り返りながら、これからの日本の防災を考えたい。

 

 ◇阪神の1450倍、同規模未体験 学界、甘い想定

 東日本大震災をもたらしたのは、発生が予測されていなかったマグニチュード(M)9・0の超巨大地震だった。規模は阪神大震災(M7・3)のおよそ1450倍。世界では過去に発生していたM9級の地震をなぜ想定できなかったのか。背景に学術的な固定観念に縛られた地震学者たちの「思考停止」があった。

 地球の表面は十数枚に分かれたプレート(岩板)に覆われている。今回の地震は、太平洋を乗せた海のプレートが日本列島を乗せた陸のプレートの下に沈み込む境界で起きた「海溝型地震」だ。年間8センチ程度の速さで沈む海のプレートに陸のプレートがくっついて引きずり込まれ、たまったひずみが限界に達して元に戻ろうと跳ね上がり、地震と津波が生じた。

 政府の地震調査委員会(委員長・阿部勝征東京大名誉教授)は、過去の地震を基に、今回の震源域とほぼ同じ範囲を七つに細分し、それぞれの領域が20~400年程度の間隔でM6~8級の同じ規模の地震を繰り返すと考えてきた。典型例が日本の海域でも研究が進んでいるとされた宮城県沖地震だ。M7・5程度の地震が約37年周期で起きるとし、30年以内に99%の確率で発生すると予測していたが、実際は南北400キロ以上にまたがる六つの領域に破壊が広がった。調査委長期評価部会長の島崎邦彦・東京大名誉教授は「小さな所を気にして肝心なものが見えていなかった」と悔やむ。

理由の一つは、東北の海域ではM9級の地震が起きた記録や証拠がなかった点にある。最近の研究で平安時代の貞観地震(869年)がM8・4と推定され、「1000年に1度の巨大地震」の再来が指摘され始めたが、規模は8分の1程度だった。

 東北沖でM9級のエネルギーがたまらないと考えられた根拠は他にもあった。世界のプレート境界は地域によって沈む角度が違う。浅い場所はプレート同士に強い摩擦力が働くため、蓄積するひずみが大きくなる。1960年にM9・5の地震が起きた南米チリ近海が代表的で、日本では東海・東南海・南海地震が想定されるプレート境界の南海トラフがこれに近い。一方、東北の海域は沈み込み角度が比較的深く、大きなひずみをためにくいと考えられたのだ。

 他にも「定説」は覆された。今回の地震で最大50メートル近くずれ動いたプレート境界の浅い部分は、普段からひずみをためずにずるずると滑って地震を起こしにくいとされていた。しかし、国土地理院の今給黎(いまきいれ)哲郎・地理地殻活動総括研究官によると、海溝に近い浅い場所でプレート同士が地震前に強くくっついていたと考えられるという。今給黎氏は「従来の陸側からの観測網では分からなかったことで、今後、海溝型地震の発生様式を考える上で重要だ」と指摘する。

 

調査委は「学問的なパラダイム(思考の枠組み)に縛られていた点は大きな反省点」(阿部委員長)として、海溝型地震の予測手法の見直しを始めた。今後、国や自治体の防災対策に大きな影響を与える可能性がある。

◇M5以上余震、史上最多550回超 M8級や誘発地震警戒

 大地震の後には震源の周辺でしばらく余震が続く。東日本大震災後、8月下旬までにM5以上の余震は550回を超えた。過去10年に日本全体で起きたM5以上の地震は年平均120回程度。今回の余震は観測史上最多だ。専門家は最大M8級の余震も起こり得るとして年単位の警戒を呼びかける。

 大震災後、震源域周辺の地下断層が揺れを伴わずにゆっくりと動く「余効変動」という現象が続いている。特に東北から千葉県にかけての太平洋側で東方向への変動が大きく、国土地理院の観測では、発生翌日から7月半ばまでに最大1・8メートル程度ずれた。断層の面積とずれの量を累積すると、M8・4以上の地震に相当し、地下の力の加わり方が地震前の状況に戻っていないことを示している。

  余震の数は時間と共に少なくなるが、本震の規模が大きいほど余震が収まるまでの期間は長くなる。山岡耕春・名古屋大教授(地震学)は今回の余震が収束する時期について「M7級の地震が1年に1回程度発生することを通常の状態とみなせば、おおむね1年程度の時間がかかるだろう」と説明する。しかし、大震災と同じ海溝型のスマトラ沖大地震(04年、M9・1)では5年半後にM7・5の余震が起きた。

 

路線バスが、津波で流され市街地で大破したまま放置されていた=岩手県釜石市の大渡町商店街で2011年3月12日午前7時40分ごろ、鬼山親芳撮影
路線バスが、津波で流され市街地で大破したまま放置されていた=岩手県釜石市の大渡町商店街で2011年3月12日午前7時40分ごろ、鬼山親芳撮影

 余効変動などの影響で震源域から離れた場所で誘発される地震も起こっている。山岡教授は「大きな地震につながるかは分からないが、千葉県沖から茨城県沖、伊豆半島の東側で活動度が上がっている」と指摘。また、地震調査委員会は大震災後、危険度が上がった活断層として双葉断層(宮城・福島県)や牛伏寺(ごふくじ)断層(長野県)、立川断層帯(埼玉県・東京都)、三浦半島断層群(神奈川県)の4断層を公表した。本震と余効変動で地震を発生させるように一定以上の力が加わったと算出されたためだ。反対に地震を起こしにくいように力が働いた断層もある。

 気象庁は「日本国内で地震に備えなくてよい場所はない。家具の固定や、今地震が起きたらどうするかイメージしておくことも必要だ」と呼びかける。

津波で壊滅的被害を受けた宮城県名取市の住宅地=宮城県名取市で3月12日午前7時33分、本社ヘリから佐々木順一撮影
津波で壊滅的被害を受けた宮城県名取市の住宅地=宮城県名取市で3月12日午前7時33分、本社ヘリから佐々木順一撮影

◇「直下型」にも備え必要

 全域に活断層が分布する日本列島。東日本大震災のような海溝型に加え、阪神大震災のような直下型地震の危険も大きい。

 直下型は主に、地殻に蓄積したゆがみを解消しようと活断層がずれて起きる。緊急地震速報が流れてから揺れを感じるまで間がなく、都市の真下で発生すると大きな被害を招きかねない。過去に地震を起こした断層の跡が地表に現れていない場合は発生場所の予測も難しい。鳥取県西部地震(00年)や岩手・宮城内陸地震(08年)は未知の活断層で起きた。

 防災科学技術研究所(茨城県つくば市)の統計などでは、1900~昨年に死者を出した国内での地震の数は、直下型が海溝型の倍以上だった。M7未満の場合、海溝型は死者1人を出した例が2回あっただけだが、直下型は28回の地震で複数の死者が出ている。海外では中国・四川大地震(08年、M8・0)で約9万人、パキスタン地震(05年、M7・6)で約7万5000人が犠牲になった。

 発生パターンが特殊なのが関東と東海だ。伊豆半島(静岡県)の下にフィリピン海プレートが沈み込むため、M8級の海溝型地震の震源域が内陸直下となり、深刻な被害が予想される。四つのプレートがせめぎ合う日本ならではの特徴だ。

大津波警報が発令され、走って逃げる人たち=仙台市宮城野区で3月11日午後10時1分、丸山博撮影
大津波警報が発令され、走って逃げる人たち=仙台市宮城野区で3月11日午後10時1分、丸山博撮影

 ◇揺れの被害、想定以下 地震波形の長さが影響

 東日本大震災では、東北から関東にかけた広い範囲を震度6弱以上の強い揺れが襲った。しかし、津波の被害を除けば「揺れによる被害はそれほどでもなかった」との声は少なくない。

 内閣府がまとめた沿岸を除く市町村の揺れによる建物被害を見ると、全壊棟数は7599棟。従来の被害想定の手法に今回記録した実際の震度を当てはめると、2万6000棟以上の建物が揺れで全壊すると推計されるが、実際は3分の1程度と大幅に少なかった。

 理由について、気象庁地震津波監視課は「木造家屋の倒壊に影響が大きい1~2秒の周期の地震波形が少なかったことが影響しているのではないか」と話す。建物被害が多かった阪神大震災と比べても1~2秒の周期の地震波形は少なかった。

 

その上で、同課は今回の地震の揺れの特徴を「時間の長さと地域の広さ」と説明する。東北から関東の各地で震度4以上の揺れが2~3分、東京都心では震度2以上の揺れが6分以上続いた。また、宮崎と沖縄両県を除く45都道府県で震度1以上の揺れを観測した。

 周期2秒以上のゆっくりとした揺れ「長周期地震動」の影響も大震災の特徴だ。超高層ビルは構造の特徴から、長周期地震動の影響を受けやすい。今回、東京都心ではビルがしなるように大きく揺れる姿が見られた。震源から600キロ以上離れた大阪府咲洲(さきしま)庁舎(大阪市住之江区、55階建て)も震度3だったが大きく揺れ、内装材やエレベーターなどに被害が出た。

 想定される東海地震などでは、大都市圏の超高層ビルは今回より大きな影響を受けるとされる。気象庁地震津波監視課は「地震の規模が小さくても東日本大震災以上に揺れの影響を被る可能性がある」と指摘している。

 

◇50時間前にM7.3 40分前の三陸沖上空で電子量1割増 「前兆」判明は震災後--問われる「予知」

 M9・0の超巨大地震が発生する約50時間前、この震源付近でM7・3の地震が起きた。この地震が後の地震の前ぶれである「前震」と分かったのは東日本大震災が起きた後のことで、地震予知の難しさを改めてうかがわせた。一方、巨大地震の前兆ともいえる現象は他にも発生した。

 北海道大の日置(へき)幸介教授(測地学)は震災の2日後、国土地理院の全地球測位システム(GPS)のデータを解析中、地震発生の約40分前から震源域の三陸沖上空で電子の数が1割ほど多くなっていたことを発見した。

 大地震直後には、震源の上空約300キロの「電離層」で大気が振動することが知られている。スマトラ沖大地震(04年12月)やチリ大地震(10年2月)でも発生前に起きていたが、M8・2を下回る地震では変化が小さく確認できなかった。日置教授は「電子が増える原因は地面にあると考えられる。詳しく観測していけば前兆のメカニズムが明らかになるかもしれない」と期待を寄せる。

 東京大地震研究所の加藤愛太郎助教(地震学)は、大震災の震源の北東約50キロで2月中旬に活発化した地震活動が南進し、大震災の震源に近づいていたことを突き止めた。しかし、いずれの現象も震災後に判明したもので、実際にはいつ、どこで、どの規模の地震が発生するか予知することは難しい。巨大地震前には震源の断層が加速的に滑る「前兆すべり(プレスリップ)」が起きるとされているが、今回は確認されなかった。国が唯一、予知可能性を認める東海地震は前兆すべりの検出を前提としており、地震予知体制のあり方も問われている。

 

◇高速「射流」でエネルギー増大--被害拡大

 東日本大震災では、海底の堆積(たいせき)物を巻き上げた真っ黒な大津波が沿岸の市街地を秒速約10~12メートル(時速約36~43キロ)で進み、ごう音とともにあっという間に人や車、家屋を押し流した。東京大地震研究所の都司(つじ)嘉宣准教授(津波・古地震学)は岩手県釜石市沖約50キロに設置された津波計の観測データを分析した結果、震災の津波は水しぶきを上げながら高速で進む「射流」になったことでエネルギーを増し、被害を拡大させたと指摘する。

 射流は津波の水位が急激に上昇し、水の壁がてっぺんから崩れ落ちる時に起きやすい。都司准教授によると、津波の水位は陸地に迫り水深が浅くなることに伴って地震直後の12分間で約2メートル上昇したが、その後の2分間で3・5~4メートル急上昇し、釜石市の海岸では津波高が9メートルを超えた。

 海上保安庁の観測船のデータなどから三陸沖のプレート境界近くで南北100キロ、東西70キロの範囲で海底が20メートル隆起したことが分かった。都司准教授は、震源域の海底の一部が急激に隆起して激しい射流を引き起こしたと考える。

 徐々に水位が上がる「常流」の流れと異なり、射流になっている場所では、腰の高さの波でも人間は水底にたたきつけられ、起き上がれずにおぼれてしまう。元禄関東地震(1703年)では、古文書や流失した集落の位置から、九十九里浜(千葉県)に遡上(そじょう)高(津波が駆け上がった高さ)3メートルの津波が押し寄せ、3000人以上が死亡したとみられる。都司准教授は「遅い常流ではここまで死者は増えない。射流になっていたとしか考えられない」と推測する。今回の震災でも宮城県石巻市の平地で高さ3メートルの津波が車をひっくり返しながら、激流となって道路を進む様子が目撃された。

 従来、津波に強いとされてきた鉄筋コンクリート造りの建物6棟がバラバラの方向に横倒しになった宮城県女川町では、浸水時は常流でも海に戻る「引き波」の時に秒速約7・5メートル(時速約27キロ)の射流になった事例が確認された。東北大の越村俊一准教授(津波防災工学)は「遡上する波は重力に逆らって陸地を駆け上がるが、引き波は駆け下りるように流れるので速くなる」と説明する。

 射流は津波の映像や痕跡から確認することはできるが、揺れの時点でどこで射流になるかを予測することはできない。

2011年

8月

17日

宮城県仙台市 「仙台市が「津波浸水シミュレーション」の進行状況を公表」

仙台市が「津波浸水シミュレーション」の進行状況を公表

河北新報110818仙台市は17日、東日本大震災で被災した東部沿岸地域の津波対策を検討するため、東北大や米IBMと共同開発する「津波浸水シミュレーション」の進行状況を公表した。海岸の堤防と盛り土構造の県道による「二線堤」を整備して今回と同規模の津波が襲来した場合、県道より内陸部で浸水被害が大幅に抑えられる半面、仙台港周辺を中心に浸水の範囲や深さが増すことが分かった。
 東北大災害制御研究センターがモデル化したシミュレーションは、浸水状況の再現にほぼ成功。今後起こり得る最大の津波として、震災と同規模の巨大津波が当時より潮位が約1.2メートル高い大潮で押し寄せたとの想定で計算し、浸水マップ=地図(上)=を作製した。
 その上で市が有望視する津波防御策が、大潮時の巨大津波をどの程度防ぐか検証した。海岸に堤防を整備し、県道塩釜亘理線(七北田川―名取川間、約9.2キロ)を現在の位置で6メートルかさ上げした場合、津波の流れが北上し、宮城野区の蒲生、中野両地区などで浸水深が増すほか、仙台港背後地で浸水域が一部広がることが判明した=地図(下)=。
 市はシミュレーション作業を続け、県道の位置や盛り土の高さ、防災林や築山といった防災施設の最適な配置を検討。名取市閖上や多賀城市にも影響が及ぶことから宮城県との連携も図る。
 市震災復興本部は「県道のかさ上げで住宅地の浸水域が広がるのは、想定外だった。シミュレーションは実体験だけでなく、科学的な分析に基づき適正な投資で減災を図る効果があり、住民に説明する上でも重要な手段」と話している。
 市は20日から津波で被災した21町内会を対象に、シミュレーションを含めたまちづくりの検討状況を報告する地元説明会をスタートさせ、9月中に東部沿岸地域の具体的な再建策をまとめる方針。

2011年

8月

17日

震災直後 42%避難せず 東北3県 被災者調査

東京新聞110817】政府が岩手、宮城、福島三県で避難している東日本大震災の被災者八百七十人を対象に実施した面接調査で、震災の発生直後に避難した人は57%にとどまり、42%の人は家族を捜したり自宅に戻ったりした後に避難していたことが十六日、分かった。大津波警報を見聞きしなかったと回答した人も58%に上った。半数以上が車を使って避難し、うち三人に一人は渋滞に巻き込まれていたことも判明。政府は調査結果を踏まえ、避難対策の見直しを検討する。

 調査は、内閣府と消防庁、気象庁が七月、三県の沿岸地域にある仮設住宅や避難所で実施し、十六日の中央防災会議専門調査会で示した。

 それによると、直ちに避難した人のうち、津波に巻き込まれて流されたり、津波が迫ってきたりしたケースは5%にとどまった半面、ぎりぎりまで避難しなかった人では49%に上った。内閣府は「家族を捜すといった行動は迅速な避難を妨げる」と指摘した。

 大津波警報を見聞きしたと答えた人は42%にとどまり、そのうち79%が「避難しようと思った」と回答。警報を確実に伝達する必要性があらためて浮き彫りになった。

 車による避難は渋滞するので控えるべきだと指摘されてきたが、今回の調査では半数以上が車を使用。「間に合わないと思った」「家族で逃げようと思った」といった理由が目立った。専門調査会の河田恵昭座長(関西大教授)は会合後、「現実を無視するわけにはいかない。高齢化で徒歩による避難が困難な人が増えており、ルールづくりをしなければいけない」と述べた。

2011年

8月

09日

宮城県 「宮城、住宅被害3兆円超 被災総額6.7兆円に倍増」

宮城、住宅被害3兆円超 被災総額6.7兆円に倍増

河北新報110810】東日本大震災による宮城県内の住宅被害総額は3兆2578億円に上ることが9日、県の推計で分かった。住宅被害の算出は初めて。これまで公表されている宮城県全体の被害額(3日現在)3兆4595億円に、ほぼ匹敵する規模となった。
 住宅被害を加えた県内全体の被害総額は、6兆7000億円を突破した。住宅関連の被害調査は各市町村で継続中で、被害総額はさらに膨らむ見通し。
 住宅被害額の内訳は全壊が7万819棟で1兆7582億円、半壊が7万218棟で8716億円、一部損壊は12万6429棟で6278億円だった。
 1棟当たりの平均建築費用を2482万円に設定。半壊は5割の1241万円、一部損壊は2割の496万円で計算した。住宅は一戸建てのほかマンション、アパート、社宅なども1棟として算出した。
 算定方法は阪神・淡路大震災の際の推計手法を用いた。平均建築費用は国土交通省の「建築着工統計調査報告」を基に、2008~10年度の3年間の平均額を算出。市町村から報告があった今月8日現在の被害棟数を掛け合わせた。
 県がこれまで公表してきた被害額は、鉄道など交通関連や農地、漁港など農林水産関連などで算出していた。

2011年

7月

31日

東日本大震災:惨事招いた大渋滞 宮城県名取市閖上地区

震災後も多くの車が行き交う閖上地区の五差路。津波は渋滞の車列ものみ込んだ=宮城県名取市で、安高晋撮影
震災後も多くの車が行き交う閖上地区の五差路。津波は渋滞の車列ものみ込んだ=宮城県名取市で、安高晋撮影

毎日新聞110731】仙台湾沿いに平野が広がる宮城県名取市。3月11日の震災で、多くの住民は付近に高台がないため、避難に車を使った。海辺の閖上(ゆりあげ)地区では人口の1割を超える約600人が遺体で見つかった。助かった住民が津波の直前に見ていたのは、避難する車の大渋滞だった。多くの住民が車ごと波にのまれた惨事は、二つの要因が重なって広がった。【安高晋】

 ■渦を巻く車

 「歩道橋へ急げ」。閖上郵便局を飛び出した局長の小平利則さん(52)は周りの人に絶叫した。午後3時50分過ぎ。約1キロ離れた閖上港を襲った津波が迫っていた。歩道橋が架かる500メートル先の五差路へ夢中で走った。車道では車が渋滞。車を捨てて逃げようとする人たちが目に入る。子供を抱えて転倒する母親もいた。だが助けられなかった。歩道橋に上った2、3秒後、津波は五差路を一気にのみ込んだ。「まるで洗濯機だ」。渋滞は五差路の先にも延びていた。身動きできなかった多くの車が、歩道橋の真下にできた渦に巻き込まれていった。

 ■事故で封鎖

 「事故で人が亡くなった。救急車を呼んでほしい」。五差路脇の「橋浦精麦倉庫」事務所に男性が駆け込んできたのは地震直後だった。社員の庄司明さん(54)が現場へ向かうと、閖上大橋の中央でトレーラーから長さ20メートルのコンクリート製支柱5本が落ち、乗用車を押しつぶしていた。橋の入り口には約10台の車が立ち往生し、五差路の信号も停止。庄司さんは、車を身ぶり手ぶりで市街方向へ誘導した。地震から30分が経過。まだ渋滞はなかった。

 五差路では2本の県道が交差する。特に、仙台空港と仙台港を南北に結ぶ10号は大型トラックが昼夜を問わず行き交う主要道路だ。片側1車線で「普段からよく渋滞していた」(地元住民)という。

 市の津波ハザードマップは、避難で自動車を利用しないよう呼び掛けている。しかし、平たんで高台のない閖上地区は「車を使うしかない」(地元住民)。市も「地形的にやむを得ない」と認める。

 事故で橋が封鎖された後、渋滞が始まった。五差路から約1キロ離れた有料道路「仙台東部道路」の料金所入り口付近にいた人たちは、午後3時半ごろから「車が全く動かなくなった」と口をそろえる。渋滞はその後、五差路まで延びた。津波は有料道路の下を通る道をくぐり、その先まで達した。

閖上地区の五差路
閖上地区の五差路

 ■直前の指示

 渋滞を拡大した二つ目の要因は、ある呼び掛けが発端だった。「ここは危険です。閖上中学校へ向かってください」

 閖上公民館長の恵美雅信さん(63)が声を聞いたのは有料道路付近で渋滞が始まった午後3時半ごろだった。地震後、約45分が経過。50台以上の車が集まり、館内に多くの避難者がいた。呼び掛けたのは消防署員か団員だったと記憶する。

 公民館は中学校と同じく市の指定避難所。なぜ移動が必要なのか尋ねる恵美さんに「大津波が来たら公民館では対応できない」と答えたという。恵美さんも約500メートル離れた中学校への誘導を手伝った。出口は車で埋まり、中学校へ向かう道路はすぐ渋滞になった。

 多くの避難者がこの移動中、車ごと波にのまれた。公民館の2階から動かなかった人や、津波を見て引き返した人は、助かった。市は「ラジオは6メートル以上の津波が来ると伝えていた。移動を求めた判断は正しかった」と振り返る。

 市の落ち度もあった。昨年2月のチリ津波後、市は地域防災計画で想定した2.6メートルを大きく超える津波が予測される場合は3階以上に逃げるよう各町内会の避難訓練の際に要請したという。公民館は避難先に適さなかったことになる。しかし、閖上地区の複数の町内会長は、要請を「記憶にない」と反論する。市は「周知が甘かった」と認めた。

 妻や母ら家族4人を亡くした町内会長の一人、高橋善夫さん(68)。昨年9月の町内会の訓練でも、避難先を公民館にしていた。「公民館に逃げれば安全と思ってきた。きちんと説明があれば、最初から別の場所に逃げることもできた。もっと多くの命が助かった」

2011年

7月

28日

千葉県 「農業152億円、漁業62億円 千葉銀、震災影響調査」

農業152億円、漁業62億円 千葉銀、震災影響調査

毎日新聞11728】千葉銀行は、東日本大震災の県経済への影響と今後の復興に向けての調査結果をまとめた。5月現在で、農業関連被害が152億円、漁業関連被害が62億円とし、観光業でも風評被害で、県内への入り込み減少で厳しい状況が続いていると分析している。

 県経済に与えた影響で、最も大きかったのは農林水産業で、関連の被害は、農業用施設や農地、集落の排水施設などの破損が2262カ所に及び、被害額は約152億円(5月17日現在)。東京電力福島第1原発事故後の風評被害による農産物の価格低下は、8割程度の産品で、震災前の水準に戻りつつあるが、県内の農協からは「原発の問題が解決しない限り、最終的な終息は難しいだろう」との声が多く聞かれているという。

 漁業では、被災漁船数は335隻(被害額約5億円)。被災漁港は全体の2割にあたる13港(同22億円)。市場や荷さばき所の一部も被災が確認されている。国内では、風評被害の価格下落は収まりつつあるものの、輸出は大幅な減少が続き、依然として厳しい状況にあるという。

 観光業は、震災による直接の被災は小さかったが、風評被害の影響を大きく受けている。特に南房総地域の観光客は震災直後は前年比9割減、4月は同5割減。5月の大型連休は個人客を中心に同2割減まで戻したが、それ以降6月までは、団体客や外国人客が戻っていない。県外の修学旅行客のキャンセルは約1万人に達している。

 南房総地域の今夏のホテルや旅館の予約状況は、6月中旬現在で、前年比5割程度を見込むところが多い。関係者からは「今後3年は弱い基調が続く」「完全な回復までは2年程度」などの厳しい先行きを指摘する声が出ているという。

 千葉銀行は「被災状況は地域によって異なり、地域の実情を把握している市町村が主体的に復興を進めるべきだ」と分析。安心・安全を重視した地域づくり▽苦境に立つ産業に対する積極的な支援▽地域や農漁業産物のブランド価値の復活、向上▽環境問題への対応や次世代産業創出など新たな視点での産業復興--などの重要ポイントを提言した。

2011年

7月

22日

宮城県 「津波の威力は地震の3倍 東北工大で震災研究のシンポ」

津波の威力は地震の3倍 東北工大で震災研究のシンポ

東日本大震災に関する研究が報告された
東日本大震災に関する研究が報告された

河北新報11731】東北工業大の研究者らが東日本大震災についての研究成果などを報告するシンポジウム「大震災を振り返り、今直面している課題を考える」が22日、仙台市太白区の同大八木山キャンパスで開かれ、学生や地域住民ら約100人が参加した。
 建築学科の薛松濤教授は、津波による沿岸部の建物被害などを説明。若林区荒浜では、建物の基礎のボルトの曲がり方などを調べ、津波で受けた力を計算した。
 ある1棟の建物では津波によって受けた力が、地震で受ける力の約3.1倍だったことが判明。サンプルが少ないため、今後さらに調査を進め、建物に対する津波の威力をまとめるという。
 都市マネジメント学科の高橋敏彦教授は、仙台平野の津波調査結果を報告した。亘理町、名取市、若林区荒浜、仙台新港の4カ所で浸水と海岸からの距離、家屋被害の関係を調べた結果、どの場所も海岸から1キロ付近までは、地面からの浸水高が2メートルほどだったことが分かった。海岸から1キロ以内、浸水高2メートル以上の地域はほとんどの建物が半壊以上だったという。
 安全安心生活デザイン学科の田中礼治客員教授は、揺れによる建物被害に触れた。建築基準法の効果で建物本体への被害が少ない一方で、天井など非構造部材の被害が大きかったことを指摘。「努力した部分は大丈夫だったが、非構造部材のように努力が足りなかった部分は駄目だった。努力が足りなかった点は、正しい方向性を示す必要がある」と述べた。

2011年

7月

17日

宮城県 「津波、気仙沼・南三陸20メートル超 宮城県調査」

津波、気仙沼・南三陸20メートル超 宮城県調査

グラフの折れ線は基準水面から見た各調査地点の痕跡の高さ。下部の横棒は既存の堤防、護岸の高さ。グラフの横軸は始点(宮城県山元町)からの距離を示し、地図内の数字に対応する。
グラフの折れ線は基準水面から見た各調査地点の痕跡の高さ。下部の横棒は既存の堤防、護岸の高さ。グラフの横軸は始点(宮城県山元町)からの距離を示し、地図内の数字に対応する。

宮城県は東日本大震災の津波で浸水した県沿岸部について、津波痕跡調査結果をまとめた。気仙沼市、南三陸町の2カ所では、基準海面からの高さが20メートルを超える地点で痕跡が確認された。ほとんどの場所で既存の堤防、護岸を越えていた。

 調査は4月中旬から6月末、陸上約1200地点、河川約1300地点で実施。海岸線から最も近い場所の痕跡を採用し、東京湾平均海面と比べた高さを計測した。
 調査地点の中で最も高い位置の痕跡は気仙沼市の中島海岸付近、南三陸町志津川の荒砥海岸付近で、ともに21.6メートルだった。両海岸周辺でも20メートル近い痕跡があった。
 死者・行方不明者が900人を超す女川町近辺では5.5~18.3メートルで痕跡を確認。児童74人が死亡、行方不明になっている石巻市大川小に近い北上川では、12.5メートルの高さに跡が残っていた。
 七北田川河口から県南にかけての仙台平野沿岸では福島県境付近が最も高く、15メートル前後に達した。津波で滑走路などの施設が浸水した仙台空港付近は13.3メートルだった。
 松島町など一部を除き、津波は既存の堤防、護岸(高さ3.2~7.2メートル)を大きく越えた。堤防や護岸の高さは、主に1960年に発生したチリ地震津波や高潮を想定して決められていた。
 国は6月下旬、堤防、護岸の高さや規模について、県が過去の測定値や歴史文献を踏まえ、入り江や湾ごとに決めるとの方針を示した。県は本格復旧時の高さや工法について検討を進めている。

2011年

6月

06日

岩手県 「津波が39の防潮堤越す 本県沿岸44カ所調査」

津波が39の防潮堤越す 本県沿岸44カ所調査

岩手日報110606】本県沿岸を襲った東日本大震災の津波が、県内の主な防潮堤44カ所のうち39カ所で堤の高さを越え、陸地に流れ込んだことが県の調査で分かった。最大で約12メートル越流した地域もあった。防潮堤の多くは過去の大津波を踏まえ造られてきたが今回は従来の津波規模を大きく上回った。自然の猛威をハードで押さえ込むだけでなく、都市設計や防災教育など重層的対策が必要になることが、あらためて浮き彫りになった。

 調査したのは、洋野町の平内海岸から陸前高田市の長部漁港海岸までの防潮堤や海岸堤防44カ所。堤の高さと津波痕跡調査から算定した水位を比較した。

 水位が防潮堤を上回ったのは39カ所で、その差は約0・5~12メートル。最大差は岩泉町の茂師漁港海岸で、高さ約22メートルの津波が襲ったと推測され、約10メートルの防潮堤を12・1メートル越流した。このほか10メートル以上の差が出たのは田野畑村の嶋之越漁港海岸(11・9メートル)、大船渡市の門の浜漁港海岸(11・5メートル)。大槌町の吉里吉里漁港海岸も9・65メートルだった。

 平内海岸、川尻漁港海岸(洋野町)、種市漁港海岸・南側(同)、太田名部海岸(普代村)など北・中部の5カ所は堤の高さより水位のほうが低かった。

 防潮施設の多くは過去の災害を踏まえ造られた。1933(昭和8)年の昭和三陸大津波で最大5・2メートルを観測した陸前高田市の高田海岸の防潮堤は5・5メートル。今回はこれを上回る13・6メートルの波が襲うなど各地で想定を超す被害に見舞われた。

 また調査では、越流規模と被害規模が合致しない例があることも判明。宮古市の宮古港海岸藤原地区は堤高より水位は低かったが臨海部の市街地が被災。一方で、普代村の宇留部海岸は約8・5メートル越流したが陸の被害は比較的軽かった。

 規模を予見しがたい災害に対し防災設備は「絶対」でなく、実際の被害には市街地の配置など諸要因が作用することが分かった。

 県は防潮堤のほか避難ビルの建設、宅地のかさ上げや集落の高台移転などハード対策に加え▽防災通信ネットワーク▽避難経路の複数確保▽防災教育―などソフト施策も組み合わせ防災都市構築を進める考えだ。

 県河川課の冬川修河川海岸担当課長は「調査結果は、各自治体とともに地域に最適な防災都市像を探るヒントになる」としている。

2011年

5月

22日

鉄筋ビル相次ぎ倒壊 津波と浮力複合作用か 宮城・女川

鉄筋ビル相次ぎ倒壊 津波と浮力複合作用か 宮城・女川

河北新報110522】東日本大震災の大津波により約7割の建物が全壊した宮城県女川町で、災害に強いとされる鉄筋コンクリートのビルが基礎部分から根こそぎ倒れる被害が相次いだ。津波工学の専門家によると、リアス式海岸の湾奥に集中した津波で、押し波や引き波といった横方向の圧力だけではなく、縦方向の浮力が作用して倒壊に つながった可能性があるという。

津波で基礎部分のくいごと横倒しになった石巻署女川交番=12日
津波で基礎部分のくいごと横倒しになった石巻署女川交番=12日

◎専門家が原因分析「構造基準見直し必要」
 首藤伸夫東北大名誉教授(津波工学)によると、鉄筋コンクリートの建造物が津波で倒壊したのは、1946年、アリューシャン列島ウニマック島の灯台が高さ30メートルの津波で流された1例だけ。東日本大震災の被災地の中でも、女川町はとりわけ鉄筋コンクリートの建物が倒れる事例が集中しているという。
 現地調査した越村俊一東北大災害制御研究センター准教授(津波工学)によると、2~4階建て鉄筋コンクリートの5棟と、4階建てのビル1棟が倒れているのが確認された。大半が商業ビルや水産会社の冷凍工場など民間の建物だが、石巻署女川交番も倒れた。

倒壊した建物は、地中にあった分厚い基礎部分が露出。鉄筋コンクリート2階の女川交番は、長さ約1メートル、直径数十センチのくいが引き抜かれた状態で横倒しになった。
 横長で海岸に面するように立っていた鉄筋コンクリート3階の女川共同ビルは、建物が真っ二つに破壊され、一方は上下逆さまに転倒し、もう一方は西に約150メートル離れた場所まで流された。解体されたこのビルを除くと、3棟が西寄り、2棟が北寄りの方向へ倒れていた。
  東北大や東大、京都大、港湾空港技術研究所など30以上の機関の研究者で構成する東北地方太平洋沖地震津波合同調査グループによると、女川港では18.4 メートルの津波を観測。越村准教授の調査では、遡上(そじょう)高は平均で約20メートルに達した。目撃証言によると、マリンパル女川や町役場などを除き、中心部の建物はほとんど屋上まで水没した。
 JR女川駅近くにある町生涯教育センターに避難した町の女性職員(50)は「津波で建物は見えなくなり、ごう音を上げて引いていった。波は渦巻いていて大きな建物も元の場所になかった」と振り返る。
 町商工会などによると、倒壊が確認された鉄筋コンクリート建造物は、確認できる分だけで古くは約50年前、新しくても約20年前に建てられたといい、埋め立てで造成された市街地に立っていた。
  越村准教授は「津波で大きな浮力が働き、押し波や引き波で倒されたのではないか。地震の液状化によって基礎が支持力を失った可能性もある」と指摘。「鉄筋 だから、新しいからという理由で安全だとは言い切れない。避難に利用するビルの構造基準の見直しが必要だ」と強調している。
(浅井哲朗)

2011年05月22日日曜日

2011年

5月

20日

東日本大震災:津波の主因「すべり過ぎ」 ひずみ以上の力に--東大チーム解析

震源域のプレート境界で進んだ4段階の地殻破壊
震源域のプレート境界で進んだ4段階の地殻破壊

毎日新聞110520】東日本大震災をもたらしたマグニチュード(M)9・0の地震は、震源域のプレート(岩板)境界で地震前に蓄えられた以上の力が解放され、海底の大きなすべりをもたらしたとする解析を、東京大理学部の井出哲・准教授(地震学)などのチームがまとめた。地殻破壊は向きを変えながら4段階で進行し、破壊開始から約1分後に起きた浅い部分の大きなすべりが巨大津波を引き起こした主要因と分析した。20日、米科学誌サイエンス電子版に掲載された。【八田浩輔】

 

 地震は海側のプレートが陸側に沈み込む境界で発生した。チームは世界各地の地震計で観測された地震波から、最初の100秒の破壊過程を解析。その結果、破壊は(1)最初の3秒で深さ25キロ程度の地点でゆっくりと始まり(2)約40秒で境界の深い場所(陸側)に向かって進行(3)約60秒で方向を変え、開始点より浅い場所から海底に達するまで一気にずれ(4)反動で再び向きを変え、約90秒で海岸線近くの海底下40キロに達した--と分析した。

 

 井出准教授によると、深い場所で起きた(2)と(4)は、陸地に被害をもたらすような揺れを発生させた。浅い場所の(3)で蓄積された以上の力が解放された「すべり過ぎ」現象が発生。大きなすべりの先端部分に地殻の変形が集中し、高い津波を引き起こしたらしい。3日間程度で、日本海溝付近で本震と逆向きに力が働く余震が続けて発生したことなどが「すべり過ぎ」の裏付けになるという。

 

 井出准教授は「『すべり過ぎ』は理論的には考えられてきたが、確認されたのは初めて。プレート境界の地震はイメージされていたほど単純ではない。今後対策を考える上で取り入れなければいけない」と話している。